2009.10.19
【次代への名言】信長と秀吉編(3)(msnニュース)
■「人はたださし出づるこそよかりけれ いくさの時も先がけをして」(豊臣秀吉)
織田信長の正伝といえる『信長(しんちょう)公記』に秀吉が登場するのは1568年、近江国(滋賀県)・箕作(みつくり)山(城)の戦いからである。まだ木下藤吉郎と名乗っていた秀吉はすでに三十路を一つ二つ越えていた。のちの天下人にしては、日本史という舞台への遅いデビューだった。
(前文引用)
2009.10.16
「ど祭り」グループも民謡の会も踊れます(朝日新聞)
【来月の豊明まつり 信長テーマ「ゆくぞ桶狭間」】
●市民総出「カーニバルみたいに」
来年で桶狭間の戦いから450年になるのを前に、地元の豊明市で市民グループらが11月1日の「豊明まつり」に向け、歌と踊りの曲「のぶなが総踊り ゆくぞ桶狭間」を作った。若者中心の鳴子踊りグループ「豊明乱舞」と民謡踊りの「和踊会」が、誰でも踊れるような振り付けを共同で考えた。18日には、公開で合同練習会を開く。
(前文引用)
2009.10.17
【次代への名言】信長と秀吉編(1)(msnニュース)
■「死のふは一定(いちじょう)、しのび草には何をしよぞ。一定語りをこすよの」(織田信長、愛唱の小唄)
戦国の風雲児、信長が若いころから口ずさんでいたという。少し難解だが、明治の文豪、幸田露伴によればこんな意味だ。「生あれば必ず死がある。死生憂ふるに足らず。人と生まれたからには、名を千年後にも残そうではないか」−。
(前文引用)

